陰謀論者は精神疾患か?

 もしあなたがある日突然、絶大な力を持つ悪の秘密結社から自分たちの世界が攻撃を受けていると気づいて、そんな特別なことに気づいた自分の事を運命に選ばれた戦士だと信じて、実はその秘密結社の手下である有名人や有名企業に対して戦いを挑もうと決心したのなら、それは精神を病んでいると考えるべきだ。被害妄想や誇大妄想などが特徴的なパラノイアと呼ばれる状態だ。分類によっては統合失調症の下位分類だったりパーソナリティ障害の一つともされる。こうした妄想に取り憑かれ行動してしまうと日常生活に支障をきたすから、通常なら治療が必要な状態だ。

 ところが今、巷にはこうしたパラノイアに似た症状をもつ人々で溢れている。陰謀論者だ。彼らはイルミナティーだとかディープステイトとかと呼ばれる非実在の秘密結社が世界を操っていると信じている。新型コロナウイルスもその悪の秘密結社によって作られた兵器だったりデマだったりして、秘密結社が人類を支配するために製薬会社に作らせた怪しいマイクロチップが入ったワクチンを全人類に接種させようとしているなどと本気で信じている。

 詐欺師達は陰謀論を煽り、動画再生の広告収入やデマ本を売った利益で儲けようとしている。陰謀論者は詐欺師に騙された可哀想な人だとの考えも可能だが、果たして本当に騙されただけなのかは疑問だ。

 そもそも、そういった陰謀論は今日の詐欺師が一から考えてその信奉者を増やしたものではない。例えば、陰謀論で頻繁に登場する世界を支配する悪の秘密結社イルミナティーについては、同名の団体が18世紀に実在している。もっとも実在したイルミナティーは知的階級のフリーメーソン趣味的な集いに過ぎず既に滅んでいる。その後継を名乗るいくつかの魔術結社は現在にも続いているが、政治的に大した実力はない。だが、イルミナティーの名は、その後も世界を牛耳る闇の組織として語り継がれていく。つまりは、イルミナティーというファンタジーは200年以上の歴史を持つ伝統ある陰謀論であり、ディープステイトもその焼き直しだ。古くから存在する都市伝説的陰謀論は、時代に応じて変形しており、断じて今日の詐欺師が作り上げたものではない。歴代の詐欺師は、すでにそのような陰謀論を信じている人からうまいことお金を巻き上げているだけだ。

 馬鹿馬鹿しい陰謀論など一時の流行だと思われる人も多いだろうが、イルミナティの話は長年に渡り語り継がれた。つまり持続的な語り継ぎが成功する程にはどの時代にも陰謀論を信じる人がいたのだ。内因性の精神疾患は、環境に左右されずに一定数存在し続ける。歴代の陰謀論者もそうした精神を病んだ人達である可能性は高いのでは無いだろうか?もちろん、病気ではなく信用する仲のいい人がコレが正しいと言っていたからなどという理由で、ついうっかり陰謀論を信じてしまっただけの人もいるだろう。だが、そういう人はだいたい説得に応じて陰謀論を脱することができる。しかし、何を言おうと正常な人間には理解不能な理論で陰謀論を信じ続ける人がいる。こちらは流石に病気だと判断せざるを得ない。

 アメリカの陰謀論者は白人の低所得労働者が多く概ね教育水準が低い印象があるが、知的水準が十分に高くても存外に多く陰謀論を信じてしまう人がいる。パラノイアも知的水準とは無関係に生じる妄想だ。もし陰謀論者を精神疾患患者だとするならば彼らに必要なのは説得や迫害ではなく治療だ。だが、残念なことにパラノイアに定型的な治療法は存在しない。また、精神疾患の治療には基本的に本人の同意が必要だが陰謀論者が自らの治療に同意することはあるまい。何者かを害する恐れがある時は強制的に入院させることも可能ではあるが実際には難しいだろう。しかし、組織的に誤情報を流し公衆衛生の脅威となっている彼らに対しては、国民の生命と財産を守るため、また社会の秩序と安定を守るために行政的な処置が必要となるのかも知れない。

コメント

このブログの人気の投稿

妙好人、浅原才市の詩

現代中国の仏教

懐中名号