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宗教と政治

 しばらくブログを休んでいたが、暗殺された安倍元首相の四十九日法要も終わったこともあり、今日は安倍元首相暗殺事件も含めて宗教と政治の問題を考えてみたい。  さて、まず政治家が何かしらの宗教的倫理を政治に反映させようとすること自体は必ずしも悪い事ではない。例えば、殺すな盗むな嘘をつくなというような、伝統宗教に概ね共通するルールは現代社会においても通用するし、宗教の教え通りの政治はいけないとして、殺し奪い騙すような政治を実施するのは社会の安定を脅かすことになる。信者を騙し奪い人々を死に追いやる反社会的な価値観を持つカルトが政治に関わってはいけないのは自明だ。  また、政党が宗教色を帯びることも自体も国にもよるが問題ではない。例えばドイツにキリスト教民主同盟があるように、ヨーロッパではキリスト教の価値観を基礎に持つ政党も多い。イスラム圏で選挙がある国でもイスラムの理念を掲げる政党は多い。また、今後どうなるかはわからないが、アメリカ大統領の宣誓も聖書を用い神に誓うし、イギリスの行政権は建前上は英国国教会の長たる王の物だ。日本でも首相や内閣総理大臣や最高裁判所長官は形だけだが天皇陛下が任命している。世界の祝祭日も現地で優勢な宗教に由来するものも多い。政教分離を採用している国において特定の教団を優遇したり弾圧したりすることが無いようにするのは当然だが、各地の文化や社会正義と調和した伝統宗派の教えが政治に反映されても問題ないし、完全に排除するのも難しいだろう。  さて、安倍首相の暗殺はカルト教団である統一教会を恨む者による犯行だったと言われる。犯人がカルト教団そのものを狙わずにカルトの支援を受けていた政治家を狙った動機が何なのか明らかにされていないが、社会に与えたインパクトは巨大なものになった。もし犯人が安倍元首相ではなく、教団の信者を何人か殺したとしてもこれほど世間は騒がなかっただろう。  一方で、この問題に関するマスコミの報道には疑問がある。そもそも、統一教会が主に保守系の政治家に取り入っているという不愉快な事実は、多少政治に関心がある人間には以前からの常識であり、マスコミがまるで今はじめて知った驚愕の事実かのように報道するのはわざとらしいと言わざるを得ない。また、安倍元首相の暗殺のせいでカルト教団が人々から脅迫を受けて可哀想だと言わんばかりの報道をする局まである。確かに統一