直心是道場 リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ 4月 04, 2020 久々に禅語です。禅語というか、聖徳太子の回にもお話した維摩経に出てくる言葉で、真っ直ぐな心が道場であるという意味です。俗世から離れた特別な場所で瞑想しなくても、日々の生活で人の役に立ち、強い心をもって、かたよらない物の見かたをしていくことによって、俗世で生きているその心に悟りを目指す道場と呼べる物があるのです。 色々と大変ですが本日も生きて参りましょう。 それではまた、合掌。 リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ コメント
一切世間の治生産業は皆実相と相違背せず 9月 11, 2021 「 一切世間の治生産業は皆実相と相違背せず」とは主に日蓮宗で説かれている言葉で、この世の 社会でなす全ての 政治や製造や農業や商売や生活などの活動は仏の教えに沿ったものであるとする意味です。法華経の解釈として伝教大師最澄がいった言葉だとされており、天台宗の「一隅を照らす」にも通じるものがあります。法華経ではこの世こそが実は仏国土であるとみなしており、法華経の信者はこの世を仏国土たらしめる菩薩であるとの自覚をもって日々の生活に励むことになり 「 一切世間の治生産業は皆実相と相違背せず」はそのライフスタイルにしっくりくる言葉です 。 ただ、日蓮宗は日本の伝統的仏教宗派では最後発であり、そのために他宗との違いを強調する傾向があります。 「 一切世間の治生産業は皆実相と相違背せず」の文言も、浄土教系のこの世の外に理想の浄土を想定し、いま自分たちが生きている場を汚れた穢土とみなすことに対する反論として用いられる場合も目立ちます。 浄土教のこの世を穢土と見なす思想は、仏教の基本原則の一つである一切皆苦を分かりやすく説いていますが、曲解すればこの世をどうでもいいものと軽視してしまう危険性もはらんでいます。執着を離れるのと侮蔑するのは別物です。穢土に対して浄土を想定することも、それにより現世の諸行無常、諸法無我を強調し、浄土こそが涅槃寂静であると示す訳ですから、実のところ浄土教は仏教の基本を分かりやすく噛み砕いたものだと言えます。しかし、往々にして日蓮宗の批判にあるような現実軽視に陥りがちな傾向があるのも否めません。 逆に 「 一切世間の治生産業は皆実相と相違背せず」との現実重視の考えも執着すれば、現世での物質や権力にとらわれる危険もあります。何事も中道が大事だといえるでしょう。 日蓮宗ではこの世を仏国土とみなしていますが、現実を生きる我々にはそうは見えません。そう見えないのは我々の修行たりず偏見でこの世を見ているからだとして信者は日々修行しています。この世が一切皆苦なのは仏が信者に与えた修行の機会という認識を新たにするために 「 一切世間の治生産業は皆実相と相違背せず」との言葉を 自分に言い聞かせ、苦しい仕事も修行のうちとして頑張るのですが、くれぐれも過労死にはご注意ください。ブラック企業などに唯々諾々と従うのは寧ろ悪行であり、ホワイト化させることが修行になると... 続きを読む
般若心経の密教的解釈(空海の般若心経秘鍵) 8月 31, 2020 空海が般若心経を密教経典として解説した書に般若心経秘鍵があります。この中で空海は、般若心経の内にこれまでの仏教の教えの全てが含まれるとし究極の真理たる密教の優位性を暗示しています。それに関する考察は後にして、まずは、知っている人からは端折りすぎだと怒られそうですが、般若心経秘鍵の要点を物凄く簡略化して説明します。 般若心経秘鍵の前に一般的な般若心経の内容を一言でいうと、観音菩薩があらゆる事象を空だとみて全ての苦から解放された事の解説です。空海はまず、般若心経の冒頭に出てくる観音菩薩の事を、全ての仏教修行者とみなしています。修行者がそれぞれの道にしたがって仏となりうるとしているのです。修行の完成までにどれほどの時間がかかるのかは各修行者の性質とそれにあった教えにより違いますが、密教では現世で仏となれるのに対して、他の教えでは無限とも思えるほどの長い時間がかかると説いています。そして各種の仏教の教えが般若心経の中に含まれているとして5つの教えをあげています。般若心経中で最も有名な文言である「色即是空 空即是色」は、物質は相互の縁によりなりたつ実体が無い空であるという意味です。華厳経にも究極的に事(色)と理(空)の区別をなくす教えがあり、事と理が不可分であるのは金の獅子像も金であり波も水であるようなものだとのたとえもあります。空海はこの部分の文言を華厳宗とその代表的尊格である普賢菩薩の教えを意味すると解釈しています。また、同じく有名な「不生不滅 不垢不浄 不増不減」は一切の物事はその本質において存在せず、言語化された概念も関連性の中にしか成立し得ないという空の思想の根幹です。この文言のオリジナルは中観派のバイブルと言える「中論」の八不として知られます。空海はこの部分を般若=智慧の象徴である文殊菩薩の教えと解釈しています。なお空海が生きた当時に中論や空の思想を最も重要視したのは三論宗となります。続く「無色無受想行識 無眼耳鼻舌身意 無色声香味触法」の部分は全ては心により作り出されるとする唯識思想の表れで弥勒菩薩の教えとみています。空海の生きた時代では法相宗の教えにあたります。さらに続く「無無明亦無無明尽」「無老死亦無老死尽」「無苦集滅道」などの般若心経の文言は、一般的には初期仏教の教えの否定とみられますが、空海はそれが初期仏教の教えの境地と考えています。すなわ... 続きを読む
破地獄偈 7月 28, 2020 華厳経の唯心偈の最後の部分を由来とする破地獄偈として知られる偈文があります。地蔵菩薩が地獄に落ちゆく人にその苦を除くために授けて解脱を得させたという言い伝えもあります。内容は以下の通りです。 若人欲了知 (にゃくにんよくりょうち) 三世一切仏 (さんぜいっさいぶ) 応観法界性 (おうかんほうかいしょう) 一切唯心造 (いっさいゆいしんぞう) 現代語訳:もし過去・現在・未来のすべての世界のすべての仏を知ろうと思えば、世界の真実をよく観察するべきだ。全ては心が作り出したものである。 元ネタとなった華厳経はこの世の全てに仏の元があり世界そのものが仏の現れであると言う考えがあり、同時に個人からみたこの世の全ては心によって作られたものとする考えもあります。だから、人の心を覆う煩悩を払い清浄な心を観れば真理である仏の法はおのずと分かると言えます。この破地獄偈もそう言う前提で読むと意味が分かり易いかも知れません。 実際に地獄のような状況にある時に、おちついて自分の心を見つめると何か良い考えが浮かんでくるかも知れません。もちろん、物理的に危険が迫っているときは瞑想なんてせずに速やかに逃げましょう。 続きを読む
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