てんかんと交通事故

 時々、報道で騒がれるように、てんかんの患者が治療を怠った状態で重大な事故を起こすことがある。それにより真面目に治療していているてんかん患者まで社会的にバッシングを受けがちなのは問題だ。一方、心筋梗塞や狭心症の患者が治療せずに暴飲暴食や喫煙を続けて突然死した結果なにかしらの事故が起きても、特に病気が悪いようには報道されないし、虚血性心疾患の患者がいわれなきバッシングを受ける事もない。こうした事実はてんかんに対する社会的偏見が根強い事も物語っている。

 さて、先日発表された報告(※)によると2014年にいわゆる自動車運転処罰法が改正・厳罰化されたが、その後もてんかん発作による交通事故は減少していないという。また、てんかん発作により事故を起こした患者の65.4%が非合法的に免許を取得・更新していたと報告されていた。

 本文では様々な検討がされていたが、さしあたり上記の事実だけでも、深刻な事態だと言える。ただ同時に、もし非合法的に免許を取得・更新したてんかん患者を事前に取り締まれていれば、こうした事故は1/3程度に減らせていたことになる。

 てんかん患者が何故に嘘をついてまで免許を不法に更新するのかは明白で、合法的に免許を維持するには発作後すくなくとも2年間は治療を受けていても免許が失効することにある。真面目に治療をうけても治療がうまくいかなければ免許は戻ってこない。仕事に自動車の運転が必要な人にとっては死活問題だ。当たり前だが、日常生活にも不便な頻度で強い発作を起こす人は危険だとの自覚も強く違法行為をしてまで免許取得や更新をしようとする人は多くない。違法に免許を取得・更新するのは、自分なら大丈夫だろうとのバイアスを持った、発作の頻度が比較的頻繁では無い患者たちが主となる。

 現在の法律では、最後の発作から2年を経過して、治療などにより当面の再発の見込みが無いと判断されればてんかん患者も運転できる事になっている。2年の観察期間が妥当かどうかは別として、治療をしていても一定の期間をあけなければ、治療の効果判定には苦慮する。例えば、毎日毎日発作を起こしていた人が、治療を開始した途端に発作が起きなくなれば治療の効果があった可能性は高いが、元々半年に1度くらいの頻度でしか発作が起きない人に治療を行って1年ほど発作がなくてもそれはたまたまかも知れない。だから、患者は通院で経過を観察され、真面目に抗てんかん薬を内服し、副作用が出ないかもチェックされ、更には不眠や過労やアルコール摂取などの発作のリスクを上げる生活習慣を避けるなどの配慮が必要となる。現在、てんかんを患いつつ合法的に自動車運転免許を持っている人は相応の努力や苦労して免許を維持しているのだ。
 
 てんかんを発症した人が医療機関を受診すれば、医療者は患者の運転免許が失効となる旨を伝える。しかし、実際に公安に出向き免許を失効させるのは患者自身だ。医療者は警察に通報したりしない。もし、免許失効から復帰するための診断書の請求が最終発作から2年以上無い患者には、外来受診の際に免許はどうしたのかと尋ねるが、患者が免許は返納しましたと言えば、わざわざそれが本当かどうか警察に照会することもしない。個人情報もあるので警察が教えてくれるかも疑問だ。

 要は、てんかん発作で事故を起こさない限りは、法的に運転を認められない患者が本当に運転をしていないかどうかは、患者しか知りえない。現行の制度は患者の良心に任せられていることになる。故に厳罰化されれば、リスクを恐れて事故も減るだろうと思われていたのだが、実際には事故は減らなかった。

 確実にてんかん発作にかかわる交通事故を減らすには、てんかん患者を公的に管理すれば済むのだが、このアイデアは人権上の問題もあり難しいだろう。しかし、一部の身勝手なてんかん患者が事故を起こすたびに、てんかん患者全体が風評被害を受けるのはなんとかしたいところだ。


(※)「てんかん発作に起因した自動車事故事例刑事処分からの検討:新法施行前後の比較を踏まえた考察」(てんかん研究 第39巻3号 馬塲美年子・他)

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