不酤酒戒と不飲酒戒

 仏教の戒で最も守られていないものとして有名なのは、飲酒を禁じた不飲酒戒だろう。不飲酒戒は守らなかったら懺悔を要する努力義務のようなものだ。しかしながら、菩薩戒を授けられる時の十重禁戒の中にある酒の売り買いを禁じた不酤酒戒は、これに違反すると菩薩としての地位を剥奪される重罪となる戒だ。不酤酒戒では、自分自身のみならず他人に酒を売買させることも禁じられている。

 実際に飲酒するよりも売買する方が重罪になるのはおかしいと思う人は多いかと思うが、お酒を違法薬物だと考えるとわかりやすい。麻薬売人が自分自身で麻薬を摂取することは少ない。その恐ろしさを熟知しているからだ。つまり麻薬のように恐ろしいものをお金のために他人に摂取さえるのは、悪を禁じ善をなし他者を救う菩薩の使命から考えるとあってはならないこととなる。だから不酤酒戒は重罪となる。

 しかしながら、仏教徒の中にはお酒にまつわる仕事についている人も多い。そして、生活自体が不酤酒戒に反している彼らは菩薩になりえないことになってしまう。在家も菩薩となるべき大乗仏教においてはなかなかの問題だ。だが、実際のところ、日本では仏教勢力により酒屋さんが糾弾されることも無く、出家も在家も飲酒者が多いので黙殺されがちな戒ではある。

 医療現場からの視点では、アルコール依存症や飲酒による脳や肝臓の障害ばかりでなく、飲酒が原因の一つになったと思われる転倒や交通事故や脳出血などを考えれば不飲酒戒の徹底をお願いしたいところだ。しかし、不酤酒戒に反する方々のおかげで大いに助かったこともある。今回のコロナ騒動の初期に消毒用のアルコールが不足した時は全国の酒造業者の努力でアルコールが増産された。実数には現れないが、これで救われた命も多いだろう。

 個人的な話でも寒空を歩いたあとの屋内で飲むホットワインは至福の一杯だ。これはお酒ではなくキリストの御血だということにしておこう。わざわざ異教の神を持ち出さなくても日本には般若湯と呼ばれる伝統飲料もあることだし良いのだが、それでも飲みすぎないようにするべきだと思う。

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