科学的に正しいという断言
科学者は断言を嫌う。医学でも、例えば薬の効き目は偽薬との比較で統計学的に有意な差を持って有効であると思われたものや、既にある薬剤との非劣性をもって、効果があるモノとされる。絶対に効く薬ではないし、副作用も起こりうる。有効である可能性が高い、医者が処方するのはそういう断言できない薬だ。
一方で、医者が統計学的には効果が無いと思われるあるいは有害だと思われる薬剤を、医者の信念に基づき処方する場合がある。こうした処方は非科学的だと断言出来る。新型コロナウイルス感染症の患者にイベルメクチンやシクレソニドを処方するスカポンタンの医者は非科学的な呪術医と言っていいだろう。彼らは経験的にどうのこうの反論するが信用に足るエビデンスを用意してから文句を言うべきだ。
確かに、厳密な治験を経た統計的に効きそうな薬がなにかの間違いで実は全く効果が無い薬である可能性を完全に否定することは出来ない。しかし、それは実は私が記憶を失った空飛ぶスパゲッティ・モンスターだったという可能性を否定できないレベルのありえない話であり、通常はそんな馬鹿なことは無いと断言して構わない。
科学者は断言を嫌う。だから一般人に物事を説明する時に、煮え切らない自信なさげな印象を与えてしまう。有益性や危険性やそれを証明した方法などの仔細は別途説明するとして、少なくとも政治的には開口一番「科学的に正しい」と断言してしまった方が、科学を解せぬ人を誤った道から救うことになる。人口に占める科学リテラシーを持つ人間が少数派である以上は、科学的に正しいという断言は嘘ではなく方便というものだ。
また、一定の科学リテラシーを持っている人間にとっても、自分の専門以外の高度な分野に関しては理解が及ばない事がある。だから専門家はそうでない人に分かりやすく説明する技術が要求される。自分だけが理解出来る真実なんて検証しようが無い。表現出来ない物は科学的には無いのと同じだ。文章や図表や数式で表せる物しか取り扱えないのが科学の限界でもあるが、哲学的宗教的な真理の探求は科学の範疇ではないので気にする必要は無い。
コメント
コメントを投稿