コロンブス・デー

 1492年10月12日にコロンブスがアメリカ大陸を「発見」したことを祝うコロンブス・デーは現在では10月の第二月曜日となっており、2021年は10月11日だ。コロンブス・デーは連邦政府公式の祝日だが、実際に休みとなるかは州によりまちまちとなっている。

 さて、このコロンブス・デーはアメリカの先住民からはすこぶる不評であり、毎年反対運動が起きている。コロンブスは2度目のアメリカ航海でアメリカ原住民の虐殺を行い、白人による新大陸の植民地化の礎を築いたことがその理由だろう。

 アメリカ先住民や有色人種に人権など存在しなかったころのアメリカ白人の視点では、コロブスは危険な航海を乗り越えて見事に新大陸を発見し世界を拡大させたヒーローだ。それが500年近く続いてきたのだ。2001年開園の東京ディズニーシーにも普通にコロンブス像がある程度には、アメリカ人の中にコロンブスは偉い人という感性はあった。

 歴史とは勝者の歴史であるとはよく言われる事実だ。500年前の白人社会では勝利者であり倫理的に何も問題無かったヒーローでも、そのヒーローから虐げられた人々の子孫が人権を獲得すると、それはそのヒーローが築いた世界の敗北な訳だから、新たな勝者によって新たな歴史が作られる。

 類似の例もあげておこう。南北戦争で敗れた南部がその名誉を回復するのには相当の時間がかかった。その後、南部に南軍将軍像が多く建ったのは、南部が立ち直って北部と同じアメリカ人として宥和し敗者ではなくなったからだ。だが近年、南北戦争時代の白人のスキーム自体が崩壊したことにより、南軍将軍らの像は大量破壊された。

 これも歴史の流れよと言えばそれまでだが、当時の白人達は、非道極まる悪鬼羅刹を崇める悪魔的人種だったという風な解釈は間違っている。当時の白人達がその英雄を尊重したのは、英雄がが酷いことをしたからではない。あくまでもその勇敢さや知略や郷土愛などをたたえていたのだ。

 現代の価値観からみて昔の人間に瑕疵があった場合に批判し考察するのは良いし、時代に応じてシステムを変えるのも自然な事だ。だが、歴史を理由にその子孫らが先天的に非道徳的であるかのように叩くのは間違っていると強弁しておく。

コメント

このブログの人気の投稿

妙好人、浅原才市の詩

現代中国の仏教

懐中名号