許由と巣父

 西本願寺の国宝の唐門が先日、予定より早く修復完了した事を記念して、本日は唐門にも彫られている許由と巣父の話をします。なお写真の許由と巣父は修復前の2017年のものです。

 許由と巣父は日本画の題材としても良く用いられています。許由は聖帝とも言われる堯から禅譲を申し入れられたものの断ります。許由は汚らわしい政治の話を聞いて耳が汚れたと潁川で耳を洗います。そこに牛を連れて現れた巣父が許由に何をしているのかを尋ねます。事の顛末を聞いた巣父は潁川が汚れてしまったので連れてきた牛に水を飲ませられなくなったという話です。

 無為自然を尊ぶ老荘思想から見たら政治や帝位はこれほどまでに汚らわしいものなのです。許由が堯からの禅譲を断る話は莊子にも書かれています。

 また、漢魏叢書の高士伝では、許由は先に事の顛末を巣父に話します。話を聞いた巣父は許由が隠遁生活をせず社会にその才をひけらかすからそのような事になるのだと批判します。それを恥じた許由が耳を洗い目を拭き二度と巣父に会うことは無かったと伝えられます。

 これらの言い伝えはもちろん仏教のものでは無く道教のものです。実はこの唐門がなぜ西本願寺にあるのかはハッキリしておらず、聚楽第や豊国神社あるいは伏見城からの移築との説もあります。


    許由





    巣父



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