コロナはただの風邪という話はなぜ一部の人に強固に信じられるのか?
新型コロナウイルス感染症の広がりを受け、病院の業務上の問題も出てきている昨今ですが、ネット界隈ではコロナはただの風邪だとする意見も多く、それに意義を申し立てると本題とは無関係な人格攻撃まで受ける始末です。
コロナをただの風邪だとしたい気持ちも分からなくは無いのです。休業補償などが十全でない状態での自粛は死活問題です。だから、命がかかっているから自粛しないという選択肢はありです。しかし、多くの人はそれが出来ない。コロナは大変な感染症だけど他人に感染を拡大させる危険性より自分の生活の方が大切だから自粛しないというのと、コロナはただの風邪だから自粛しないというのでは精神的な負担があまりにも違いすぎます。人々は自粛しないための何らかの言い訳を欲しており、コロナは無害だと言う話は信じられやすいのです。
自粛や自助に頼る以上はこうした話はやむを得ないのです。本気で抑え込むのなら、公的権力が強制した上で、十分な補償を与えるしかない。だけど、これまでの経過を見ると政府にその意思はなさそうです。ワクチンの開発や治療法の改善も進んでおり、おそらく無策でも数年内にはこの流行もおさまるでしょう。財政規律を絶対視する行政は、高齢者と持病をもっている人には死んでもらった方が好都合とでも考えているかのようです。
生きている内にこんな分断と対立が先鋭化した地獄のような社会を目にするとは驚きです。目の前の仕事に取り組みつつ、祈るしか無いです。
コメント
コメントを投稿