父母恩重経

 父母恩重経は唐代には漢地で成立していたと思われる偽経で、儒教的な父母への孝行を促す教えです。これを偽物よと言ってしまうのは容易いのですが、大乗仏教は現地の文化と習合しながら発展してきた歴史があります。漢地の仏教が儒教や道教を取り入れただけでなく、日本では神道が、チベットではボン教が仏教に習合し地域に馴染んだ独自の仏教文化が形成されていてます。また、日本の仏教は漢地経由で伝わったので、父母恩重経など漢人の偽経も日本の文化に影響を与えています。

 さて、タイトルこそ父母恩重経ですが、お経の前半部分の親の苦労話は母親の方にウェイトが置かれています。現在のジェンダー教育からしたらアウトでしょうが、長い歴史の中で母の愛は偉大であり続けたのです。お経の中盤では、苦労して育て上げた子も両親が老いると親を邪険に扱い早く死ねと言う子がいることを嘆き、そんな子は地獄や餓鬼や畜生道に堕ちると警告しています。後半はどの様に両親に報いるかが説かれており、おいしい食べ物を与えたり、看病したりという常識的な話もありますが、両親に道徳を踏み外す言動があれば必要に応じては自分の食を断ってでもこれを諌めるように説いてます。両親にただ贅沢な暮らしをさせるだけでなく信心を持つようにしなければ不幸であるとしています。

 原始仏教的には親子の情も断つべき執着ですが、古い時代の漢地や日本では実際にそうなのかは別として家族は大切にするべきだという文化があり、日本仏教でも基本的には情に厚い教えが重んじられます。

 父母恩重経は、仏教以外の宗教の教えを仏教風にアレンジして取り入れたという点で歴史学的にも興味深いですが、日本人や漢人の文化にそった情に訴えかける教えは仏教の普及にも一役かったと思われます。また日本人として個人的には好きな偽経です。

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