西行の歌、山家集より#1

  西行は平安時代末期に活躍した有名な僧であり歌人です。元々は藤原氏の流れを組む武士で、23歳の時に友人の死をきっかけに出家したと伝えられます。歌の内容は僧侶なのに恋や郷愁を詠み上げたものも多いのですが、これは理論に偏重せず現実の人間の心をよく見ているとも言えます。自然を題材にした歌も多く、今日は西行の歌集「山家集」から自然の情景を仏教に絡めた歌を一首ご紹介します。

 月澄めば谷にぞ雲は沈むめる
 峯吹き払ふ風に敷かれて

 峯を吹く風に雲が押し下げられて澄んだ月が見える情景を歌っています。谷に雲が沈み月が澄んで見えるのですから自身の視点は雲よりも高い所にあります。これは単に雄大な自然の情景を詠んだわけではなく、仏教修行を表現していると思われます。一般に月は仏法をさし、雲は煩悩をさします。それを見る自身も山中におり、修行の身を意味していると解釈できます。この歌の情景は、修行の風により煩悩の雲を下げて澄み切った月の仏法に照らされた西行の悟りに近づく視点があります。風で雲を消し去ってしまわず谷に残っているのは、自分が凡夫であるとの西行の謙虚さの表れのように思えます。

 歌の解釈には幅や異論はありましょうが、歌人として有名な僧が作った歌は、何らのか仏教的な視点が潜んでいないか想像してみるのもなかなか楽しいものです。

 それではまた。合掌。

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