医療・介護者が現場に活かす仏教

 当ブログでは、仏の教えは医療や介護の労働現場で、あるいは親族の介護において有用だとして、仏教の修行をどの様に役立てて行くかについての説明もしてきました。

 しかし、ここで気をつけるべきは、医療や介護に仏の教えは役立つのですが、役に立つ便利な道具として仏教があるわけではないということです。むしろ、日々の生活でおきる多くの問題が仏道の修行に役立つと言うのが正しいのです。

 仏教の究極的な目的は生き物としての苦を除き、悟りをひらいた仏となる事です。大乗仏教では、在家の信者は日々の生活の中で、優しい言葉を使い、人を助け、人に害をあたえず、嘘をつかず、怒らず、むさぼらず、善い行いをこころがけ、悪い行いを断ち、心を落ち着けて、智慧のあるようにする、これらは全て仏教の修行になるのです。こうした修行は、結果として医療や介護の現場だけでなく、あらゆる仕事で役にたちます。

 さて、仏教を仕事の便利な道具として使うのではなく、実は仏教の修行の結果として仕事が上手くいくのですが、仏教の修行なんて出来ないと思う人もいるでしょう。そんな時は、内心に仏道に反する怒りやむさぼりや偏見が満ち溢れていても、まずは表面上の行動だけでも変えてみるのが大切です。仏教の修行としては正しい心をもつことが大切ですが、上で示したような、正しい行動や、正しい言葉遣いは、心が伴っていなくてもどうにか出来るものです。そうして、正しい行いを続けていると、自然に心も柔和になってくるのがわかると思います。そういう心の変化が行動や発言につられて起きてきたならば、日常の問題も良い修行になったと思えるようになってきます。

 日本の仏教の多くは在家の日常生活を大事にしています。それは修行の邪魔でも劣った存在でもなく、とても貴重なものなのです。それに気づけば、自分の人生をより大切に出来るのです。

 それではまた、合掌。

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