大晦日 リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ 12月 31, 2021 皆様、今年もお世話になりました。来年もよろしくお願いします。 実は今年は絵本を出す計画もあったのですが、諸事情で頓挫しました。いずれ機会があればまた挑戦したいと思います。 ブログの方も時勢柄コロナと陰謀論の話題が多かったように思います。なんとか穏やかな世になって欲しいものです。 生きている間は修行の身ですが、少しでも悪いことをせず善いことが出来ればいいなと思っております。 南無帰依仏 南無帰依法 南無帰依僧 リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ コメント
衆縁和合 2月 18, 2021 涅槃経でも説かれる衆縁和合とは、この世は様々な縁が合わさって成り立っているということです。例えば自分というものも様々な縁によりかりそめに成立しているに過ぎません。この考え方では直前の自分と今の自分とでは同じものでは無く、直前の考えや知覚や行動や周囲の環境などの縁により現在の自分があり、現在の考えや知覚や行動や周囲の環境などの縁で直後の自分が生じ、次々に生滅を繰り返しているのです。そして、自分が存在もまた縁となり他へと影響を及ぼします。自分が地球の裏側にいる人にも影響を及ぼし、逆に影響を及ぼされもするのです。また、遠い過去の人の縁も今に連なり自分に影響を及ぼしますし、自分も未来へ縁をつなぎます。これは何かすごい本を出版したとかでなくても、今日おこなった僅かな善いことや悪いことだって先々の世界へ影響するのです。 仏教の前提となっている全ては移ろい行くという諸行無常も、全てのものは因縁により生じた実体の無いものとする諸法無我も、この世が衆縁和合により成り立っていることと表裏一体です。仏教の悟りとは原因と結果の連なりを観て、苦の根本原因が煩悩にあると理解し、煩悩から生じる原因と結果の連鎖を断ち切って苦をなくす事が基本です。これは縁起とか因縁とかと呼ばれますが、衆縁和合の世界では個々の因縁のつながりも複雑に関係しあっています。だから、何かの結果が複数の原因からなることも、なにかの原因が様々なところへ影響を及ぼすこともあり、その結果があらたな原因となってこの世は網の目のような縁が広がっていることになります。自分が何かをなしえたと思っても、それは膨大な縁の繋がりの結果そうなったのであって思い上がってはいけないのです。 衆縁和合の世界は無常であり移ろいいきますが、原因が結果をつくる連なりは変わる事がありません。不変の仏性とはそこにあるのです。古来、仏道において正念と正定が重視されたのは縁起を正しく観なければ仏性の存在も分からないからでしょう。南無佛、南無法、南無僧。 続きを読む
心理的リアクタンス理論 9月 29, 2021 心理的リアクタンス理論とは1966年にジャック・W・ブレームによって唱えられた理論で、簡単に説明すると「押すなよ!絶対押すなよ!!」と言われると押したくなるあの心理状態のことだ。一般的に言うと、個人が特定の自由を侵害されたときに喚起される自由回復を志向した動機的状態だ。 最近では、新型コロナウイルス対策を無視して、マスクを着けない、ワクチンの接種もしない、密集・密閉・密接状態で騒ぐなどの行為に及ぶ人も多少いるが、彼らは強制に反対し自由を求める心理状態にあるのだと思われる。一方、大半の人が感染対策に関して心理的リアクタンスを生じないのは、その必要性を十分に理解していているからであり、また自由を制限しているものの本質は感染症であり、対策を強制しようとする社会では無いことを知っているからでもあるだろう。自由の回復のためには感染対策をするしかないのだ。 反ワクチンや反マスクのように極端に有害なものでなくても、人は何かしら規制されるとこうした反応を起こしがちだ。この応用として、よくバーゲンなどで見かける先着何名様に限り半額とかいう情報も、急がないと半額で物を買える自由を失うという制限に対抗する心理を人におこさせる罠であることが多い。こうして哀れな犠牲者はいらないものを買わせられるのだ。 また、独裁国においても、国民に対し強制や規制をしがちだが、彼らはその原因を外国や国内の反動勢力にもとめてることでうまく民衆からの抵抗を回避している。極論すれば、独裁国は敵がいなくなると困る政体でもあり、常に無実の敵を捏造し続ける。声高に誰かのせいで自由が脅かされているなどという煽り文句を聞いた時は、騙されていないか十分に検証すべきだろう。 続きを読む
五時八教の教相判釈 6月 26, 2020 五時八教の教相判釈とは天台宗に伝わる仏典の分類です。現実にはお釈迦様がお亡くなりになってから大量に作られた多様な諸経典も、当時は全てお釈迦様が説いたとものと考えられていたので、それぞれの経典の内容の矛盾をどうにかして解消するために、経典の分類とその時系列的なつながりの物語を作り上げたのです。 こうした分類は歴史学的に間違っているが故に昨今では批判や軽視される事もありますが、全ての人を救おうという大乗仏教の理念や、天台宗より生まれた数多くの鎌倉仏教などへ与えた影響などを考えると、歴史学は一旦おいておいて見るべきものがあります。本日は天台宗教学の入門書とも言うべき天台四教儀から五時八教の教相判釈を解説していきます。 五時八教のうち時系列の分類が五時の分類で、お経を内容や対象について分類したのが八教の分類です。八教の分類はお釈迦様の説法の仕方で分類した化儀の四教と、教説の作用で分類した化法の四教とに分かれます。これらは相互に関係しあっていますがまずは五時の分類から説明します。 まず五時の第一は華厳の時です。お釈迦様が悟りを開いたそのままの内容を説いた時期で、その内容をまとめたお経が華厳経だとしています。華厳経に「初発心時便成正覚 所有慧身不由他悟 清浄妙法身 湛然応一切」とあります。その意味は、「最初に悟りを目指そうとする心を起こした時に悟りは達成される、仏にそなわる智慧は他人の助けによっては起きない、清らかな仏の身はこの世の全てのものにあふれて応じてくれる」となります。大乗仏教の如来蔵思想に通じる考え方です。 お釈迦様の悟りは大乗仏教のそれであったと主張していることとなります。 また、華厳経は奈良の大仏で有名な盧遮那仏を中心として説かれています。盧遮那仏は密教で言う大日如来のことでこの世の全てを包含する仏様です。さて、そんな華厳経ですが、お釈迦様が盧遮那仏としての荘厳なお姿でこのお経の内容をそのまま説いた所、誰も理解してくれなかったとされます。 五時の第二は鹿苑時です。高等な話を理解してもらえなかったお釈迦様は、一介の修行者の格好にもどって、かつての修行仲間がいる鹿苑を訪れ、誰にでもわかる内容の説法をされたとしています。この時に説かれたのが阿含経と言われる歴史学的には最古の仏典群です。ここでの教えは、以前紹介した四諦八正道、十二因縁、六度などです。すなわち、物... 続きを読む
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