往生要集のちょっとアレな話

  平安時代中期の天台宗僧の源信が、横川に隠遁していた時に書いた「往生要集」はその事細かな地獄の描写で有名です。その徹底的な描写は当時の人々を地獄には行きたくないなと思わせるに十分なものだったと思われます。地獄の話が有名な「往生要集」ですが、それ以外の六道や浄土、修行法や思想背景の方がより詳しく書かれており、日本の浄土教の基礎を築いた書と言えます。

 平安の人がより古い文献から考察した異世界である六道の描写は文化学的な面白さもあります。本日は往生要集の中に描かれる食吐と呼ばれる餓鬼のことをお話します。

 食吐(じきと)は餓鬼道に落ちた餓鬼の一種で、半由旬(数km)の巨大な体をもち嘔吐物を食そうとしても気分が悪く結局なにも食せないというひどい目にあっています。地獄や餓鬼道は前世の行いが悪いとそこに生まれ変わる設定なのですが、この食吐になるのは生前どんなひどい人だったのかと言うと、立派な男子でありながら、もっぱら美食を求め、しかも妻子にはいささかも与えようとしなかった者、です。

 今でもいますね、仕事で美味しいものばかり食べて妻子を粗末する人が。食べ物の恨みは怖いということです。こうした話は基本的に道徳を説き悪いことをすれば苦しい報いがあるぞとするお話なので、この話が作られ、また語り継がれた時代にも、そうだねと共感出来る道徳律だったから生き残ってきたのです。

 この話のさらにオリジナルは正法念経で4〜5世紀頃のインドで成立したとされています。つまり、その当時の天竺でも美味いものばかりを食べ妻子を粗末にする男がいた事になります。しかも、現在よりも食料の確保はシビアな問題であったと思われ、妻子の恨みはひとしおだった事でしょう。

 往生要集の異世界描写を昔の人の変な妄想と捉えずに、どんな事が歴史的にタブー視されて来たのかを読み解く材料としても面白いかと思います。

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